・・・・・・・・・・ こぼれ話Ⅴ・サービスとマナー ・・・・・・・・・・

◆あいさつ

花売り「ジンクイエン(ありがとう)」、「ドブゼーニャ(さようなら)」・・・。ポーランドの人々は実によくあいさつをします。スーパーのレジでもホテルのエレベータでも、人と至近距離で顔を会わせて黙って立ち去る人は、まずいません。泥棒でも「ジェンドブリ」と言いながら入ってくるのでは、と思いたくなるほどです。彼らは日本人が非常に礼儀正しいと言いますが、あいさつに関しては彼らの方が徹底していると感じます。一見無愛想に見えるレジの店員も、人の顔を見れば一応「ジェン・ドブリ(こんにちは)」と声をかけてきますから、「こちらも「ジェン・ドブリ」と返します。バザールおつりを渡しながら「ジンクイエン(ありがとう)」ときますから、こちらもやはりおつりを受け取りながら「ジンクイエン」と返します。そして、帰り際には双方「ドブゼーニャ(さようなら)」で締めくくるのです。通り一遍の決まり文句のようですが、ここには客と店員という関係(そこにはある種の利害がからんでいる)ではなく、日常生活の延長上にある人と人との対等な関係が感じられて心地よい。
 日本で買い物をすると、店員が決まったように「いらっしゃいませ」と声をかけてくれますが、それに対して「来ました」と答えるのも変だし・・・、無事に買い物を済ませたあかつきには、やはり丁寧に「ありがとうございました、またどうぞ(お越し下さいませ)」などと声をかけてくれますが、お辞儀これにも「また来ます」と言うのもやはり気恥ずかしい・・・・。確かにこのような声を掛けられて悪い感じがするわけはないのですが、特に親しい間柄でない限り無言で通り過ぎる人の方が多いような気がします。それは店員から客に向けて一方通行的に発せられるかけ声であり、応答を想定したものではないのです。複雑にマニュアル化された行動規範に則ったあいさつは経済活動上必要なのかも知れませんが、もっと単純に「こんにちは」「ありがとう」「さようなら」だけでも自然で良いと思うのですが・・・。


◆ニエ・マ

とは言うものの、日本の爛熟したサービスにどっぷり浸かってきた身には、あまりにも素朴すぎる店員の対応がすんなり理解できないこともあります。
  住宅の屋内照明としては、蛍光灯ではなく、天井埋め込み型の小さなビーム電球が多く使われています。蛍光灯ではないので室内全体の照明としてはあまり明るくなく、その上よく切れます。まとめて買っておこうと思い、ショッピングモールの二階にある電気ショップに行きました。広い店内に最新の電気製品を並べた近代的な店です。
ニエ・マ カウンターの店員に電球のサンプルを見せて、「これがほしいんだけど・・・・。」と、身振り手振りで伝えます。応対した女性店員は肩をすくめて「ニエ・マ(ない)」と言います。一瞬、もしかするとこの店では扱っていないのかなと思いましたが、店内の照明にも同じ電球が使われています。そこで、「1個じゃない、50個ほどほしい」という意味のことを言ったのですが、相変わらず「ニエ・マ」。50個ぐらいでは取り寄せてもらえないのかと思って、試みに「100」と書いて見せたのですが、彼女は表情一つ変えずに「ニエ・マ」。いったいどうなってるの?・・・この店は商売する気があるの・・・? もしかして、東洋人に対する偏見?、販売拒否?、などの言葉がちらと頭の隅に浮かびましたが、彼女の表情からは特にそのような気配が読み取れません。ただ淡々と「ニエ・マ」を繰り返すのみ。
 その後も何度かこの店に立ち寄ったことがありますが、よく見ると店員全員が誰に対してもあまり愛想が良くないことに気付きました。広い店内はきらびやかで美しいのですが、日本の量販店に見られるような大きな広告や看板は見当たりません、その代わり、美的かつ高級感を演出するかのごときデコレーションや照明には凝っています。高級感が売りなんでしょうか? でも、売っているものは掃除機や洗濯機など一般的な生活家電であり、決して毛皮や宝石ではないんです。当地を経験した人からは、社会主義時代の名残で、店や官公庁の一部にはまだサービス精神のかけらもないところがある、サービスの意味が滲透していないと言った評価を聞きましたが、それが今回経験した腑に落ちない店員の対応なのでしょうか? 今もって謎が残る体験でした。

◆ちょっと待て

ちょっと待て今も安くはありませんが、赴任した頃、文具売り場のプリンターインクは全て鍵のかかったショーケースに並べられていました。ある日、その高価なインクを買うために、近くのハイパーマーケットへ行ったのですが、カウンターにはすでに二~三人の客が並んでいます。近くで男女の店員が暇そうに駄弁っていましたので、彼らに近づいて、インクがほしい旨を伝えたのですが、彼らはカウンターを指して「ちょっと待て」というような仕草をします。しかたなく前の客が済むのを並んで待ちます。客はカウンターの上に並べられた新型カメラ数台を見比べて決めかねています。およそ五分以上も待ったでしょうか、やっと順番が来ました。カウンターの向こうの恰幅のよい女性店員にインクのサンプルを見せて、これがほしいと伝えたところ、彼女はくだんの、暇をもてあまして駄弁っている二人の店員のうちの一人を呼んで、なにやら言います。するとその店員は「ついてこい」と合図して近くのショーケースの鍵を開けてインクを出してくれたのでした。この店のシステムとしては、カウンターの女性(おそらく主任でしょう)を通すという手順を踏むことになっているのだろうと、一応は納得しようとしたのですが、それにしてもなんと能率の悪いこと。「ちょっと待て」は、こちらが言いたい言葉です。
 それからしばらく経って同じ店に行ったところ、プリンター用のインクは客が自由にとれるように陳列されていました。私と同じ思いをした誰かが店に苦情でも言ったのでしょうか。ポーランドの店のサービスについて不満を漏らす日本人は少なくありません。ポーランドの人々は素朴で飾り気のない人が多いのですが、合理的なシステムに慣れている日本人にとってはこの能率の悪さが受け入れ難いのかもしれません。一般的に日常生活における人々のマナーがとても良いだけに、この類のサービス精神の欠如はとても残念なことに感じられるのです。


◆まだ終わっていない!!

ルブリン南東部の美しい村、カジミエーシュ・ドルニィに小旅行で行った帰り、ルブリン市内のホテルに泊まりました。部屋も小綺麗なので安心していたのですが、夜8時ごろ、風呂に入ろうとお湯を出したところ、ぬるーい水がちょろちょろ出るだけでいっこうに熱くなりません。レセプションに知らせると、受付嬢が“三十分後に部屋を換えるから来い”という意味のことを言います。“うちの部屋だけか、運が悪いなぁ”と思いながら、荷物を持ってロビーに行きますと、ここで初めて、“どの部屋も同じようにお湯が出ないから今の部屋で待っていろ”と言う。「そりゃそうだろう、もっとよく調べてから言え!」と、やや不信感を抱きつつ部屋で待つこと一時間、ようやく、“直った”とレセプションからの電話。しかし、相変わらず水です。再びレセプションに行って、少し厳しい口調で、「ニェ・ゴロンツォ!」(熱くない)と言いましたら、若い男性が出てきて部屋まで見に来てくれました。ついでに隣と向かいの空き部屋も一緒に確認して、ようやく直っていないことがわかってもらえたようです。またまたレセプションに行って、かの受付嬢に「ニェ・コニエッツ・ナプラヴァッチ!」(まだ直っていない)と伝えますと、“外部の業者に電話して来てもらう”という意味のことを言います。“遅いんだよ”と、ぼやきながら再び待つこと一時間余り、もう一二時前です。お湯はまだ出ません。
 しびれを切らしてロビーに下りますと、かのお嬢さん、カウンター越しに年配の男性とのんびり会話しています。しばらくして私が後ろで待っていることに気付いたらしく、男性がカウンターを離れました。彼女がにこやかに言います。「今の人が修理業者で、修理が済んだので帰るところだ」と。修理のおじさんは出口の自動ドアに向かっています。私は焦りました。彼をこのまま帰したら、今日は温かい風呂に入れない! こうなったらポーランド語や英語にこだわっている暇はありません。日本語で「まだ直っていない!! 各部屋の蛇口を全て点検しろ・・・!」と、我知らず大きな声を出していました。私の剣幕に驚いたのか、またあの人の良さそうな若い男性が出てきて、帰りかけた業者のおじさんをつかまえてくれました。結局、無事に入浴できたのは午前1時頃のことでした。
ニエ・コニエッツ お湯につかりながら、「結果を確認してから仕事が済んだと言え!」と、受付嬢や修理業者の仕事ぶりを苦々しく思い出していましたが、そのうち我に返ると、「我が仕事ぶりも人から見ればこんなのかもしれないなぁ、偉そうなことは言えないかも・・・」と、いつの間にか反省している自分がいたのでした。



ワルシャワ旧市街にて

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旧市街広場で客待ちする馬車

客待ちの馬車(ワルシャワ旧市街)

図 書
『善意の架け橋-ポーランド魂とやまと心-』兵藤長雄 1998 文藝春秋
『ポーランドの歴史』イェジ・ルコフスキほか 2007 創土社
『ポーランド学を学ぶ人のために』渡邊克義ほか 2007 世界思想社
『旅の指さし会話帳』岡崎貴子 2004 情報センター出版局
『ポーランド電撃戦』山崎雅弘 2010 学研M文庫
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